第2回『金型コーティングの匠』 井櫻 義治

 750℃近くあるアルミの湯を金型に流し込み、フロントフォーク用ボトムケースパワーステアリングギヤ、ボート用の部品などの形を形成する。その現場は熱く、過酷である。
  鋳造と一口に言っても、材料の溶解、鋳造、砂落とし、湯口切断などさまざまな工程がある。井櫻は鋳造工程の中でも金型コーティング・メンテナンスの匠だ。
  鋳造部品(鋳物)というのは、型にアルミの湯を流し込んで冷やし固めれば出来上がる、という簡単なものではない。鉄の金型にそのままアルミを入れると、冷えて固まったときに金型から外すことができない。そのため、金型に特殊なコーティングを施す必要がある。このコーティングは、金型と鋳物の接着を防ぐだけでなく、金型に耐久性を持たせる役割を担い、更には鋳造の仕上がりまでをも左右する工程なのだ。
  コーティングでは、塗型剤と呼ばれる液体を金型に吹きつけるのだが、この工程が非常に難しい。塗型剤は、バインダー(接着剤)、骨材(膜を形成する材料)、最低限の水で構成され、これらの材料の配合、温度、そして吹きつける量など、わずかな差が品質に影響する。そこにはやはり長年の経験が欠かせない。


誰がやってもうまくいくわけではない。例えば、塗型剤の吹きつけ量の違いで、仕上がりは全く異なるので、素人の仕事はすぐにわかってしまう。だから、経験を積むしかない。

 井櫻が入社したのは1980年。入社当初は浅羽工場でボトムケースフォークパイプの加工を3年間経験した。その後、鋳造へと移り、約5ヶ月間、ショーワを離れて他社での鋳造実習を経験し、以後長きに渡ってショーワの鋳造現場を支えてきた。

「温度計に頼るな、体で覚えろ」、まさに職人気質の現場
 

 井櫻が鋳造を学んだ当初は、体にその感覚を叩きこむというのが一般的だった。温度計には頼らず、金型に頬を近づけて、放射熱を肌で感じることで表面温度を確認し、適正な温度を見極めていた。「温度計に頼るな、体で覚えろ」、まさに職人気質の現場。現在では、温度計や膜圧計での計測を行い、数値による管理を行っているが、今でもコーティングに適した温度は感覚でわかるというから驚きだ。


鋳造の金型コーティングといっても、それだけを知っていればできるというわけではなくて、鋳造全体を理解していないと良いものはできない。プロとはそういうもの。

 金型へのコーティングは均一に施されなければならない。ムラがあると水に浸けて熱を加えた時に剥がれてしまう。しかしながら、金型は単に平らな面ばかりではない。複雑な形の金型に均一に塗型剤を吹き付けなければならない。更に、溶けたアルミが金型にいきわたることを「湯回り」というが、隅々までしっかりと湯を回すためには、その流れを理解してコーティングを施す必要がある。ショーワで製造するボトムケースはほとんどがGDC(グラビティダイキャスト鋳造)と呼ばれ、アルミを金型の上部から流し込む方法である。筒状の部品は鋳造するのが特に難しく、湯回りがうまくいかないと不良品になってしまう。コーティングした金型の湯回りまで計算し、コーティングを行う。鋳造全体を理解し、その一部を担う、これができて初めてプロと呼べるのだ。


  複雑な形の金型に均一に塗型剤を吹き付けなければならない。

鋳造を通した人との出会いが自分を成長させてくれました。今の自分の財産です。

 鋳造に携わってから約10年後、井櫻はアメリカの生産拠点ASI-Bを皮切りに、インドネシア・ベトナム・タイと世界各地での鋳造工程の立ち上げに次々と参加してきた。現地から来た研修生にまず教えて、立ち上げの際に現地へ赴く。たった2~3週間で基本を教えなければならない。文化や考え方の違いがあるため、一筋縄ではいかないことが多かった。これまでに15~6カ国の人々に鋳造の技術を教えてきた。「今までの経験で一番言葉がわからなかったのが、パキスタン人の研修生でした。英語もお互い片言でしたし。でも、教えていることを理解しているかどうかは、その人の仕事を見ればわかる。同じ人間ですから。私が短い研修期間で教えることができるのは基本。あとは、経験です。」

グローバルに、ショーワの鋳造技術は継承されている。
 

 国内にとどまることなく、国境を越えてグローバルに、ショーワの鋳造技術は継承されている。
  井櫻が鋳造一筋で歩んでこれたのは、多くの人との出会いがあったからだという。実習期間を共に過ごしたメンバーとも20数年たった今でも連絡を取り合う。
  金型コーティングの匠は、人とのつながりも大事にする、まさにショーワの匠である。